2004/06/01 『夏とお肉と悪巧み』

夏ですよ、夏が近付いてきたですよと、なんだか年を追うごとに夏が好きになってくる私であります。なんかワクワクしちゃうんですよね〜。
ただ、10年ほど前までは「ウハウハする」という気持ちが伴っていたはずなのですが、そんな気持ちは今じゃあまるでナッシング。う〜んそれでいいのか…?と思わないではありません。
枯れちゃったのかなぁ。そんなこともないだろと思うんだけども、ブツブツブツ。

さて、夏が近付いてきたはいいのですけども、服がありません。ほんっとありません。
なんせこの1年の間についたお肉は12キロ。片っ端から合う服がなくなってしまっているのです。ジーパンに関しては早い時期に追加購入したものの、太ももが太くなってきたのと、かみさんがうっかり乾燥機にかけちゃったせいでパッツンパッツンになる始末。やっぱりこれも追加で買わなきゃいけんなぁとげんなりする今日この頃なのです。

ところで今年の夏は、少しばかりマシなつくりのサンダルが欲しいと思っていたりします。するとそれなりのお値段がするわけで、これにジーパン代を加えて、さらにシャツ数枚をと考えると…。

お小遣いじゃ足りません。

これはなんとか策を巡らさねばなりません。

そこで思いだしたのがヨドバシのポイントです。
実はこれが結構な額になっていたもんだから、かみさんに食器洗浄機を買ってあげようと話をしていたところなのです。
つまりかみさんは私に感謝の気持ちを抱いているはず。

ねらい目はそこです。

ちょうど私が欲しいなぁと思っているサンダルのメーカーは、車で30分ほど行ったとこのアウトレットモールに出店しています。そしてウチのかみさんは、そこで買い物をするのが大好きときています。

ふふふ。

ふふふふふふふ。

策は決まりました。

「今度の休みにね、お買い物にでも連れて行ってあげようか?」

この言葉により、さらにかみさんの「旦那に感謝ポイント」は1ランクアップ。結果として、かみさんの財布のヒモは極限にまでゆるんでしまうに違いありません。

良いダンナを気取りつつ、己の目的を達成する。

なんだかスパイ大作戦って感じがして、とても作戦実行の日が楽しみになってくるのでありました。


2004/06/08 『びっくりたまげたトリビュート』

ふと思い立ち、今さらながら「BLUE ~A TRIBUTE TO YUTAKA OZAKI (CCCD)」なんてCDを借りてまいりました。尾崎豊さんの唄を、色んな人でカバーしてみましたアルバムでございます。

これ、以前知り合いのサイトでもふれられていたことがあって(こちらのむーすけさんなんですけどもね、ええ)、その時あんまし良い評価じゃなかったもんだから、正直期待せずに借りてきたんです。
んで期待しないままに聞いてみて、びっくりたまげました。

なにこれ!?

すっげえじゃん。

むちゃすっげえじゃん。

信じらんないくらいすっげえじゃん。

もしね、もし自分で金を出して買っていたとしたら、間違いなく叩き割って庭(ないけど)に投げ捨てて、それから薪をくべて燃やしてしまえというくらいものすごい出来でした。

あ、宇多田ヒカルと槙原敬之の両氏はとても良かったです。
んでも、致命的なくらいひどいのが他に多すぎました。まがりなりにもプロの方が歌っているのを聞いて、笑ってしまったのなんてはじめての経験です。

なんかアニメソングみたいな味付けになってたり。
なんか「代々木〜!!!!!!」って感じになってたり。

こんなの聞いてる時間があったら、俺は原曲を聴きますよハイといいたくなるものばっかであったです。

なんだろう、笑いに飢えてる人にはある意味お勧めかもしんない。
まぁ、笑った後でムカつきがこみ上げてきても、責任はとれませんが…。


2004/06/09 『インタビュー』

知り合いの編集さんから頼まれたというのもあり、とある書籍のためのインタビューに駅前までお出かけ。今回はする側でなく、される側。ホームページで成功をおさめている管理人として…という立場で色々と話さなきゃいけないようです。

成功っつってもなぁ、サイトの位置付け的には間違っても成功者ではないよなぁと思うんですけどもね。でもせっかく請われているわけだから、断るのも相手に悪いよなとお受けした話でした。

やってきたのは予想に反して随分とお若いライターさん。事前のメールでは、ソツのないやり取りをする方だったので、てっきり年配の人だと思っていたですよ。本来は別業界のライターだというのもあって、非常に話がおもしろく、楽しくすごせた二時間でありました。

しかしインタビューなんてされたのは、リクルートの企業年鑑以来です。
まぁ、ラフな感じにすすめていただけたので、しゃっちょこばって疲れるようなことはなかったですけども。

最後にお写真を…という話になったので、それはスンマセンとお断りして、後日代わりにのっけるイラストを送るということでおしまい。
本当なら相手の業界の話だとか、色々と聞きたいこともあったのですが、「今日は聞く側じゃなくて聞かれる側なんだよな」ということが頭にあって、なかなか突っこんだとこまで聞いていけなかったのが残念なとこでした。


2004/06/13 『脱ニコチンから一年』

確か禁煙を開始したのは去年の6月だったかと思います。気がつけば1年が経ったわけですな。早いなぁと思います。

やっぱりヤマは3日、1週間、1ヶ月、3ヶ月目あたりに待っていて、節目節目で油断すると後戻り…ってことにもなりかねませんでした。
んで、1年が過ぎたわけで、もうないだろう、もう完全に身体から抜けただろうなんて思うのですが、今さらながらに新しい変化が出てきていたりして、つくづくこれはやっかいな代物でありますことよと驚かずにはいれません。

禁煙中は煙草を恋しいなぁと思う時ってのがあってですね、そういった時には決まって「すぅ〜っと深く吸い込んで、ほっと一息つく瞬間」を思い出すわけです。この瞬間の喉越しが、たまらなく「煙草っていいなぁと思える瞬間」なわけですね。

これが、変わりました。

今まで思い出すといえば、喉越しの気持ちよさ、す〜っと落ち着くあの感じ、だけだったのです。そしてそれを我慢してこれたのは、「せっかくここまで我慢してこれたんだから」にはじまり、「まぁムリに吸わんでも我慢できるし」になり、「せっかく抜けたんだからもったいない」となり、「たまにチラッと思うだけなんだから吸うわきゃない」といった変遷を辿ってきた意思の力なわけです。あ、あと「頭痛がイヤだ」もあったかな。
ここでポイントとなるのは、煙草そのものに対しては「あまりネガな意識はない」ということです。

それが、つい一週間ほど前からですね、「うわぁ苦そう」という気持ちが芽生えてきたのです。あんな苦いもん、よく口に入れるよなぁ…とね。

煙草を吸う。口の中で煙を泳がせ、すぅと喉を通らせる。肺を十分に煙で満たした後に、ふぅと吐き出す。

これって多分、煙草を吸わない人が読むと「うえぇ」となるような行いなんでしょうね。でも吸う人からすれば、「いいねぇ」なんですよ。
そして私も、少なくとも1ヶ月ほど前までは、「いいねぇ」と思ってました。

ところが最近、煙草を吸うということを想像すると、思い出されるのは口の両奥、舌の付け根両横に強く感じられる不快な苦みなのです。そしてピリピリとくる舌のしびれなのです。
そしてそして、舌についた苦みは、こすってもこすっても落ちない苦みであり、えんえんと口の中には吐き気をもよおす苦々しい臭気が残るのだと思えるのです。

もちろん、煙草が習慣化している時には、こんな感情まったくありません。

そうした苦さ、まずさ、しびれ、そんなことをちゃんと認識できたのは、後にも先にも、「はじめて煙草を吸った時」だけでした。

1年経った今頃になって、ようやっと非喫煙者がはじめて喫煙した時の気持ちをリアルに思い出せるようになったということです。しかも、ニコチンにゆがめられない形で正確な味を思い出し、それに対する至極まっとうな感想を引き出しつつね。

まだ自分はニコチンくんの支配下にあったんだなと、少しぞっとしたりもいたします。

なんつーか、消えない十字架といいますか。
ほんと中毒って怖いねぇ、なんて思うでありますよ。


2004/06/17 『白い巨塔』

大学生の頃にいわゆる「田宮二郎版」の「白い巨塔」というTVドラマにハマりました。なぜか再放送をお昼時にしていましてね、なんでそんなお昼時に自宅でのんびりドラマなんか見ておれたのかというフシギはありますが、なんせとにかく自宅でのんびりとハマっていたのです。

そしてこれが現代版でリメイクされる…と、最初にそれを聞いた時は、「こりゃおもしろそうだ」と思って、その後にキャストを見て「こりゃつまんなそうだ」と思って、結局見るのは止めにしていました。
田宮二郎版みたいな重みは、絶対こんなキャストじゃ出せないよと、そう思ったからです。

ところが大阪の実家に帰った時、兄夫婦がこのドラマにハマってましてね。それで自分たちも自然とそれを見るはめになったのです。
いやこれがおもしろい。
重みとか、そんなのは全然ないんだけども、なんだよお子様じゃん財前とか思っちゃうんだけど、人間ドラマとして見れば、これはこれでかなりおもしろいじゃんかと思ったのです。

そんなわけで、今さらながらDVDを全話借りてきて、一気に最後まで見てしまいました。

社会派ドラマじゃなくて、人間ドラマで。
正しい奴なんかいなくて、みんな身勝手な理想を振りかざして、でもそのためにがんばってて。
そんな中で密度を増していく人間関係が、とてもとても良いドラマであったです。

ラストは無理に前作へ沿うんじゃなくて、あのエンディング曲でひたらせて欲しかったなぁと思えるほど、泣けたし、染みました。
やあ久しぶりに良いドラマを見たなと、気持ち良かったです。

ところでこのドラマって、一番嫌われる奴っつったら誰になるんですかね?
鵜飼学長?国平弁護士?柳原医師?それとも財前五郎?

あたしゃダントツで東佐枝子でした。つか、唯一このドラマで「こいつキライだわ」と思った人間が、この人でした。
どんぐらいキライかというと、ほんと鳥肌がたつくらいキライ。もし同僚で、あれそのものな人がいたとして、あれそのものな顔をして「可愛い」ともてはやされていたとして、それでも「大っキライだからそばにも寄りたくない」と言い切るだけの自信があるほどにキライです。

自分は常に安全地帯に身を置いて。んでもって理想論だけたれなさって人にすぐ苦労を強いて。そのくせ自分は何も泥をかぶらずに、やたらと悲劇な主人公ぶる態度。

アホですかと。

最後の最後の最後の最後の最後の最後まで、勘違いっぷりに気づくことなく、賢しげなことをおっしゃってドラマを締めくくろうとしてくれたこのオンナだけが、自分の中ではかなりの邪魔者でありました。

ワースト1って誰だったのかなぁ。
そこにまた人間性が透けて見えるような気がして、とても興味が湧くのであります。


2004/06/20 『なんとなくネガモード』

ここしばらくなかったのだけども、「なんとなくネガモード」なるものに突入しています。
まぁ早い話が、特に理由はないんだけど気分が暗いと、そんな奴ですな。

高校生時代まで遡れば、こういったバイオリズムな日がおおよそ月に一回はくるようになっていて、だいたい1〜2日くらいをしのげば勝手に快気するのがお約束となってました。
社会人になってからはどうだったかなぁ。結構ヘビーなこと続きで、それこそ延々半年くらいダークな表情で暮らしてたこともあったりしたし、特にこれといって明確な周期はなかったような。仕事のサイクルに影響されることが多かったから、今にして思えばそうしたサイクルでうんうん唸ってられた高校時代というのは、ある意味幸せだったんでしょう。

ちなみにネガモードに入った時の特徴というのは、延々と「悪い方にばかり思考をめぐらせる」ことに尽きます。割り切りが一切効かなくて、それはもう悪いことばかり考えるの。しかも昔に遡って悪いことをほじくり返したりするから始末が悪い。
延々これまで生きてきた中の、自分が自分で嫌いな部分というのだけを、ず〜っと繰り返し思い出し続けるのです。

もちろんそうしたことに突入するというのは、少しばかりは今の現状というのが関係したりもしてるんだろうなぁ…と、思わないではありません。
色々と「う〜ん」な出来事は溢れていて、なのにガス抜きできる部分が、極端になくなっちゃってるからねぇ。

結局フリーでいる以上、「職場での気心知れた間柄」という人間は皆無になるわけです。当然、そうした人間に仕事上のグチをこぼしてウサ晴らし…なんてことはできません。いないんだから、物理上ムリ。
したがって、できればまぁ、せめて気心知れたツレなんかと、うらうら飲んだりするのが一番いいんでしょうけどね。みんな忙しくなっちゃってるし、何より一番それに向いた友達くんは福島なんつー遠いお空に住んじゃってるしねぇ。

近くにも手頃な奴はいるんだけども、こっちは何かと「キビシイ間柄」だったりします。
お前それじゃあいけないんじゃないの?ってなぶつけ合いをかます間柄というんですか?でもボクちんに今必要なのは、キビシサではないのです。

気持ちのリフレッシュがてら、いっちょ福島の温泉にでも一人旅ってしゃれこんじゃってもいいんだけどさ。
あ、もう一人の友達くんが同行するんだったら、とても楽しくて良さそうだなぁ。ちょっと相談してみっかなぁ。

などと、なんだかとにかくちょびっとネガな今日この頃。
一人な分、たまにペキッと心が折れる時があるんだろな。別に深刻な話があるわけでなし、無理は禁物と折れた切り口をじっと眺めてたりします。


2004/06/23 『コロコロを探して』

「コロコロがしたい」

日中お出かけをしていたかみさんと娘が帰ってきて、いつものように「あれしたい、これしたい」などとじゃれついてきた娘くん。突然そんなことを言い出しました。
こちとら仕事中です。おいそれと「おおそうかいそうかい」なんてわけにはいきません。
そもそも「コロコロって何よ?」ってのからして理解不能です。

かみさんに聞いてみるも、かみさんも「コロコロ」に関してはわからない様子。
なんでも帰ってくる途中からそんなことを言い出してたらしく、てっきりこれは私が娘と散歩してる時に、何か新しく編み出した遊びがあるんだろうなと、そう思いながら帰ってきたというのです。

しかし娘はなんだかすっかり「コロコロ」の虜になっちゃったようで、意地でも「コロコロ」がしたいと言って引きません。あれよあれよという間にこちらの身体をよじ登っちゃって、首にしがみついて「コロコロ、コロコロ」とわめいています。

わめいている先を見ると、どうやらおもてに出て行くのは間違いない様子。
おいおい勘弁せえよと思いつつ、とはいえ娘にぎゅっとしがみつかれていること自体は、悪い気分ではありません。まぁしゃあねぇかと、「コロコロ」なるものを探しに出かけることとあいなりました。

おもてに出てみると、「コロコロしたい〜」とは言うものの、はっきりどことは言えない様子です。唯一のナビがこれでは「コロコロ」など探し出すのは至難の技。はやくも断念かという予感がします。

とりあえずかみさんが辿ってきたであろう帰路を逆に辿り、娘の反応をうかがいます。

かすかながらも、あ、これはもしかして、といった感じの反応があり、「コッチ、コッチ」と示す指先に心なしか力がこもってきたように感じられます。

手応えあり。

一歩ずつ、一歩ずつ、抱きかかえた娘の反応だけを手がかりに、「コロコロ」を探す旅は続きました。
つか歩けよ娘。てめえが歩いてそこまで行けば、話はむちゃくちゃはやいんだよ。
そうは思っても、何故か首元にしがみついたまま、降りようとしてくれない娘なのでした。

とぼとぼと歩いていくうちに、とうとう国道一号線まで出てきてしまいました。
この頃になると、娘は空を見上げて雲がきれいだと大騒ぎしています。すっかり散歩を楽しんでいます。「コロコロ」なんかどこふく風です。

ああ、せっかく仕事を中断して探検に出てきたのに。

そんな風に途方に暮れた、まさにその時でした。
「コロコロ!」
娘が力強く叫びました。
「くっく(クツ)脱いで遊ぶ!」
おお、間違いありません。間違いなくその場周辺に「コロコロ」なるものがあるのです。

どれだどれだと辺りを見渡す私。
「コロコロ!コロコロ!」と大喜びな娘。

指先を注意深く見てみれば、その先にはトヨタのディーラーがあり、たくさんの新品タイヤが積まれていました。
そういえばかみさんが「ガソリンスタンドとかの近くで言い出した…」と言っていたような。

「コロコロ」の正体はわかりました。
ディーラーから人が出てきて、「よろしければどうぞ」と招き入れてもくれました。

でもね娘よ。これどうやって遊べっていうのさよ。
なんだか、正体わかんなかった方が楽しかったかもと、よりいっそう途方に暮れちゃった今日の出来事でありました。

まぁ、おもしろかったからいいけど。


2004/06/24 『KDDIの光が来た?』

KDDIが推進している光ファイバーなサービスで、「KDDI光プラス」というものがあります。下りの速度は70Mbps、上りもなかなかに速くて30Mbps、そして何よりマンションまでひきこむ回線速度が1Gbpsというかなり優れもののサービスです。

自分的には、一戸建てであればTEPCO、集合住宅であればこのKDDI光プラスがおそらく最強であろうと、そう睨んでいたりします。

これがですね、昔々に「うちのマンションには来てくれないの?」と問い合わせて、「では導入いただけるよう管理組合さまにかけあってみます」と回答してもらって、でもでも音沙汰ないまま時間が過ぎちゃったって経緯が実はございます。
ああ、ダメだったんだなぁと、すでに有線の光ファイバーとCATVとが喰い付き済みな我がマンションには、もう入り込む余地はなかったんだろうなぁと諦めていたものです。

そんなKDDI光プラスの広告が、郵便受けに入っていたのです。

管理組合で導入を検討するために、アンケートへお答えくださいと、かなり具体的な話の香りがする用紙まで1セットになって、ポストに入っていたのです。
もうね、「きた!きたきたきたきたきたー!」って感じですよ。これまでの例から言って、この段階まできたサービスが導入中止となることはまずありません。おそらく2〜3ヶ月以内には、加入申込みができる状態になるんじゃないでしょうか。

もうこれは、すっかり諦めていただけに、それだけにかなり嬉しい出来事でありました。

このサービスの良いところって、ネットだけじゃないんですよね。
電話がこれまた安いのですよ。

光プラス電話なるものを同時に申し込めば、いわゆるIP電話サービスが格安でついてきます。これ、NTTの電話番号がそのまま移行できますよって奴なのです。
移行できるということは、完全にNTTから移し替えちゃうことが可能なわけで。つまりはNTTの側は解約したって全然へいき〜となるんですね。毎月の基本料金がそれで浮いちゃいますよと、そしたら合計額で考えると、ADSLのサービスよりも安いんだよとなるのです。

今なら携帯電話がありますから、もし多少回線が不安定であったとしても、致命的にはなりません。そして何より、「あ〜、仕事用に事務所借りてぇなぁ」と思っている自分としては、NTTの電話加入権が一個あまるってのは、とてもありがたいことなのです。
もちろん、グラフィックデータなどをメールでやり取りする身には、上り速度が向上は喉から手が出るほど欲しかった部分でもあります。外からFTPでデータ引っぱり出しやすくもなるしね。

そんな熱意をアンケート用紙に書き込んで、管理人室ポストへ投函してきました。

DIONとのお付き合いは、どうやらとても短くなりそうです。


2004/06/28 『ガシガシ書かなきゃ』

連載の原稿が一区切りついたので、秋口から冬にかけて刊行したいなぁと思っているエッセイ集をガシガシと執筆中。とはいえ例のごとく、書いては消して書いては消してなので、働いても働いてもカラカラと空回りするだけで、いまもって一向に「進んでる!」という実感のないとこが困りものです。

テーマとしては、「フリーランスになって、実際のとこどうだったのよ?」ってなもので、実際にフリーとなって以降の日常生活を題材として、フリーランスってものの実体を、なんとかうまく描ければなぁ…などと考えています。
なんかね、フリーって色々誤解されてることが多すぎないかと、そんなことを思う気持ちが年々強まっていきますのでね、そうしたことがきっかけになっています。

先日、こういう本を次は書くなんて話を友人にしたところ、「お前のエッセイなんて誰が買うねん」という返答をいただきました。まぁ確かに。買って欲しいなぁとは思うのだけど、エッセイなんてものはまず「知名度ありき」だろうし、できれば「女性」がのぞましいと聞きます。はっきり言ってキビシイというのはあるでしょね。
んがしかし、そんなことは出版社さんからすれば重々承知な事柄であるわけで、それでもGoを出してもらえたことが、自分にとっては「進歩」であり、これまで自分がやってきた仕事に対する「評価」でもあると思っています。

売れれば嬉しいけど、売れなきゃ現実を受け入れるしかない。ただ、とにかく試してみないとどこまで受け入れてもらえるのかはわかんないし、だから試す機会を得られたことを素直に喜ぶのみなのです。
心境としては、こんなとこですかね。そうやって、自分が持てる仕事の幅というものを、今は実験している最中なのだと言うことができます。

しかし、毎度毎度、自分にとって新しい分野へチャレンジしてみようという時は、こうした声ばかりが出てくるんだなぁと思います。まぁ、冗談で言ってるのも多いんだろうけど、正直うんざりだという気持ちは隠しきれません。

フリーランスってものに対する一番の誤解って、この部分だと思うんですよ。
いかなるチャレンジも、全部自分のリスクで試みるわけです。しくじったら、その先でいきなり道が閉ざされちゃうという側面が、必ずリアルに実感できちゃうわけです。
それだけに、分岐線でどのルートを通るかという選択は、実はけっこう重くのしかかってきて、しかもそれを誰と分け合うでもなく一人で抱え込まないといけないのです。それはもう些細なことからありとあらゆることに関してね。

ところが「フリーランス=気楽な商売」なんて思われちゃってるもんだから、こうしたシビアさなんか理解されないことがほとんどで、たいてい「アンタは気楽でいいねぇ」ってな言われ方をします。

これがねぇ、けっこうげっそりするもんなんですよね。
なんせこちらからすれば、シビアな選択の結果であったり、ようやっとこじ開けることのできた場であったりするものが、理解されないまま軽口でぞんざいに扱われるわけです。些細なことではあるけれど、こうした誤解というものは、確実にストレスとして溜まって行くことになります。
考えてみれば、先日書いた「心がちょこっとだけペキンと折れちゃった」とかいうのも、こうして溜まったストレスの結果だったんでしょうね。

フリーランスがサラリーマンよりしんどいんだとか、またはその逆なんだとか、そんなことを声高に叫びたいわけじゃなく。ただ、等身大ではないねぇと思うだけの話なのですが…。
ただ今「ガシガシ書かねば」な本で、そのあたりをうまく描ききることができればなぁなどと思いつつ、ああガシガシ書かないとなな毎日であります。


2004/06/29 『プログラム講習の依頼がきた』

拙著やWEBサイトへの感想だとかお仕事依頼のメールだとか、基本的にウチのメールボックスへ届けられるメールは嬉しいものが多く、そのためスパムな英語件名の中に日本語で書かれた件名を見つけると、おやおや何でしょうねと楽しみに読んでいたりいたします。

まぁ、そんな日本語件名の中にも、「自由恋愛を楽しみたいな」とかうるせえエロサイトスパムめコンチクショウというのは紛れ込んでるわけですがね。

そんな中に、お仕事依頼ともちょいと毛色が違う、とはいえ感想メールの域にもおさまりきらない、かなり珍しめなメールが先日届きました。
なんでもプログラマを目指す若者さんが拙著を読んでくださいまして、ファンになられたと。実にありがたいお話です。それでですね、是非とも私にプログラマとなるための講習をやってもらえないだろうかと、そう言うのでした。

「やってもらえたらいいな」ではなく、「やってくれないか」です。
もちろんお金は払いますと、そう書いてありました。

う〜んと悩みますよね。講習自体はやろうと思えばできますよ。結局は新人をはじめに鍛え上げてたことと、同じことをやればいいわけですからね。それにまぁ少しばかりの言語講習をくっつけたとして、でもいっぱしにしようと思えば半年はやっぱかかっちゃうよなぁと思うわけです。

はっきりいってそんなお金、個人が負担できる額を間違いなく超えちゃうはずです。
しかもですよ、そこで何を学んだと言ったって、おそらく企業の採用担当者さんは、「だからどうしたの?」と加点してくれることはないでしょう。

だって私個人にはそんな信用力あるわけないですから。

若者といっても20代半ばを過ぎており、そのための焦りというものを内容からは強く感じます。なんとかしてあげたいなぁとは思います。しかし焦って頼ってくる人に対して無下にはできないわけですが、こちらも霞を食って生きてくわけにはいきません。
なのでやはり、「やるからにはそれなりのお金をいただきますよ」となるわけです。

しかしそもそも、現実的な解としては、頼るのは私ではなくて己であり、熱意をぶつける相手は私ではなくて企業の採用担当であるべきです。

そんなわけで、講習そのものはコストパフォーマンスからいっても、絶対アンタのためになると思えないよという旨を返信することにいたしました。
ただ…ですね、ひょっとして「景気付け」と言っちゃあ語弊がありますが、つまりは話を聞いてもらいたいのかなと、そこで生の声として自分へ向けられたアドバイスというものを聞きたいのかなと、そう思いました。それで、あきらめそうになっている自分へ活力をそそぎこみたいというかですね、そういったことなのかもしれないと考えたわけです。

う〜ん、それならまぁ1日かかんないよなぁと。

それでも無料で、というわけにはいかないけども、これならそんなにむちゃくちゃ高額とはならずに済みます。じゃあ後はその人が対価として妥当と考えれば「お願いします」となるだろうし、そうじゃなきゃ「やめときます」となるんだろうし。そこはこちらが迷惑だと思わずに済む料金を設定させてもらって、後はお考えくださいでいいのかな、それでお互い納得できるのかなと思うことにいたしました。

そんなわけで返信にはその旨もちょこっと追加して、そうしたアドバイスを得るといった内容でも構わないというのなら、また改めてご相談くださいなとメールを返したのでした。

しかしなんだなぁと、なんでスルーできないものかなぁと思いますね。

実は昔からですね、そうした「プログラム講習」な部分を設置して、それを「システム開発な現場」と密接にくっつけた形の会社できないもんかなぁと思っている自分がいたりします。それがあるもんだから、こうした話を聞いちゃうとスルーしちゃうってわけにいかんのでしょうね。

さてさて、どうなりますことやら。