2004/03/08 『オデッセイ納車』

夕焼け空とオデッセイ今月頭から実は大阪へ一週間帰省することになっていたもんで、先月末から一週間休んでも大丈夫なようにとバタバタして、帰省して、んでもってこっちへ帰ってきてと、なんだかとても忙しいここ2週間を過ごしておりました。
本当は大阪でも日記だけは更新するつもりだったんですけどもねぇ、いざ帰ってみたらできなかったです。

さて、その帰省直前に、待ちに待ったあるブツが我が家へとやってまいりました。
そう、新型オデッセイくんがめでたく納車されてきたのです。

帰省前に少しばかりあちらこちらへと試し乗り。そして慣らし運転も兼ねて大阪への往復1,000kmを走破。前モデルとの比較では、圧倒的に疲労感が少なくて、つくづく買って良かったなぁと実感する次第なのでありました。

はじめは格好いいなぁと思ったスタイリングも、しばらくすると慣れてきます。今じゃ別にほれぼれ眺めるなんてことはありません。
でもやっぱり、「乗りたい」と思うし、どっかお出かけするのが楽しいと思える。
とてもすばらしいことだと思うのです。

メーカーオプションのナビは現在位置の誤認もなく、すでに土地勘も消し飛んでしまった大阪の街を、どこであろうと迷うことなく案内してくれます。渋滞もうまいぐあいにかわしてくださいました。エンジン音もしずかで、そのくせグイグイと踏んだそばから車体を前方へと押し出してくれます。
オートクルーズは高速で笑っちゃうくらい楽ちんだったし、スマートカードキーはもう手放すことができません。これ、別にいらないと思ってたんだけど、いざ使ってみると便利なもんですね。ある意味一番驚きの装備でした。

あ、あと高速だとやっぱり「風でふられることがない」というのはすごい長所です。疲れ方が圧倒的に違います。

ただ、もちろん欠点というのもあるわけです。ロードノイズはもう少しなんとかならんものかと思うくらい、ちと音量が大きめです。ドアなんかも、上質な重さってのは感じません。なんか軽い。これだけの車体を軽々とスムーズに走らせること自体には感心するものの、どうもその軽さとあいまって、「やっぱ安い車」的な印象は否めません。
どことなくシビックっぽい…。

内装も、妙にクリアパーツを使ってるせいで、いとも簡単に傷だらけになっちゃう箇所があったりしますしね。…なんか高級オーディオじゃなくて、ケンウッドのミニコンポみたいな印象なんだよなぁ。

まぁ、良い点、悪い点、細かく挙げればキリがありません。
そんなの全部ひっくるんで総括すると、「やっぱホンダ車だね」なのかなと。
あ〜、どっかお出かけしたいなぁ。


2004/03/15 『ううう…のトリプルパンチ』

大阪への帰省となると、毎回その前後というのは大忙しになります。サラリーマンじゃなくなると、当然「休みなんか関係ないんだから長く帰ってこいよ」と思われがちであり、実のところ「サラリーマン時代と違って、休んでる間も誰かが働いてる環境じゃないんだから苦しいんだよ」なんですがそんなこといちいち説明するのもめんどくさく、自然と帰省前後へ仕事のしわよせが来たりしながら帰ることになるわけです。

そんでもって一週間単位で家を空けるとなると、やはりそれは小旅行なわけであり、生活の一時休止〜旅行〜再開処理というのが必要にもなりますやね。新聞止めたり、食料品の始末をしたり。

えいやっと大阪から横浜まで走破して、買い出しに行って、締め切りに追われて…。
疲れたんでしょうね。
まず口の中に原因不明の潰瘍ができました。痛い。もう唾を飲むだけで痛い。飯が食えない。おかげで始終グーグーと腹が鳴りっぱなしです。
いよいよこれは我慢できんと病院へ行って、薬を処方してもらって、それで痛みも取れはじめたなと感じた頃、今度は風邪をひきました。
弱ってるところへ食事も満足に取れないときたもんで、抵抗力がめっきり落ちてしまっていたのでしょう。はじめは「今年の花粉症はひどいなぁ」と思っていたのですが、熱が出て、喉が痛くなり、背中と腰がきしみはじめたあたりでようやっと風邪だとわかりました。

そんな中、なんとかいっこ締め切りはクリアして、そのまま床に臥せり、そして週が明けましたと、今週はそんなはじまりです。
はじまり早々、次の締め切りが本日待ちかまえていたりするんですけどね。

身体も本調子に戻ってきたし、生活のリズムもようやく元通り。
よしと、そんじゃあエンジンかけていきますか…と思いつつ、でも山積みになってる書類や締め切りを考えたりすると、「いや、まだちょっと背中が…」などと思ったりもするワタクシなのでありました。


2004/03/24 『Yahoo! BBの解約を決める』

顧客情報漏洩問題がかなりアツいYahoo! BBさんなのですが、「ふ〜ん、住所氏名電話番号が漏れちゃったんだぁ」などと思っていたら、こいつユーザIDまで実は漏れちゃってんじゃんということに、今さらながら気づきました。

え〜、最初はそんなこと言ってなかったよねぇ?せいぜい電話帳レベルの情報だけと受け止めてた記憶があるんですけども。
なんにせよ、ユーザID(Yahoo! ID)が漏れちゃってるとなれば、これは対処していただかねば困ります。人によってはそれをそのままYahoo!オークションで利用してることだってあるでしょうし、何よりこれって支払い情報に限りなく結びついている情報のひとつですからね。
しかしパスワードなどの信用情報は一切漏れてないって言ってたのになぁ、日本語って難しいなぁ。

とりあえず、「あとはパスワードさえわかればやりたい放題」、そんな状態をいつまでも放置していたくありません。ですから、Yahoo! ID変えさせてよってのは、これは至極当たり前な要求であろうと思ったわけなのです。

「んなわけで、これはとても危険だと思うから、IDだけは変えさせてくださいな」
「システム上、それはできません」
「だって危険でしょ?何かあったら責任取れないでしょ?」
「はい」
「だから変えさせてくださいな」
「システム上できません」
「危険なのは理解するのに対応しないってのは、こっちとしても納得できないですよね?」
「はい、理解いたしますが、システム上できません」
「ああ、んじゃ不安だったら退会せいよと、そういうわけですか?」
「どうしても変えたければ、一度退会いただいて、再契約を結んでいただくしかありません」
「それって、インターネット不通期間できちゃいますよね?」
「はい、そーなります」

誰がそんな手間まで我慢して、お前のところを使い続けるんだよって話ですよ。

ちなみにこのYahoo!BBという会社、情報漏洩に関係して、「メールアドレスの無料変更」と「500円の郵便為替送付」などということをやっております。
メアド変えるよりは、ID変える方がよほど緊急度合いが高いだろうがと思います。500円ぽっちを受け取るために、わざわざ郵便局まで行ってこいというのもムカつきます。

そもそもですね、こんだけの事件になっていながら、「システム上できません」という言葉は本来有り得ないんですね。システム屋の「できない」は「やらない」と同意だなんて言いますが、この場合はまさにそれ。「金と時間がもったいないからやらない」でしかないのです。
500円を400万人に配ったとしたらいくらですか?それはシステムを変更するためには十分こと足りる予算ではないですか?
それをなんでムダ遣いして、本来必要な対策をぶっちしてんですか?

この会社のやることなすこと不思議だらけなのです。

まぁ、「やるよ」と言ったら「いつだ!?」と責め立てられるので、確実になるまでは伏せておくという思惑だけなのかもしれません。
でも、今の段階では少なくとも「パフォーマンスレベルのごまかし」でしかありません。

そんなわけで、Yahoo! BBは退会することにいたしました。
今ってADSLの乗りかえも、手順がきっちりできれば同日工事とかでタイムラグなしに乗りかえ可能だったりするんですね。これが決め手となりました。
それをなんで自社内の処理ではできないんだよと、あそこに文句を言い始めれば止まりませんがブツブツブツ…。


2004/03/29 『お久しぶりのバカ笑い』

先週末は、急遽学生時代の友人たちと飲むことになって、相鉄線の二俣川までお出かけ。今回「食事にでも行こうぜ〜」と声をかけて回った奴をのぞけば、他の連中はみんな卒業して以来となるわけで、いやはや10年ぶり…ってことになるわけですよ。

時間の過ぎるのは早いねぇホント。

久しぶりとはいえ、会ってみれば(若干頭髪がやばくなってる者はいたものの)以前と変わらぬ印象で、「変わんねぇなぁ」などと言いつつ、たわいもない話をダラダラとしていたのでした。
とはいえ、みんな社会に出て10年が経つわけで、当然それぞれいっぱしのナニモノかになっています。学生時代みたいなバッカバカしい話をする一面と、それぞれが積み重ねてきた一面と、そうしたギャップがなんだか頼もしくあったり可笑しげであったりした夜でした。

ほんと、ひさびさに「バカ笑い」したなぁって感じです。

さて、週が明けた今日はというと、とある面談に足を運んでまいりました。
日本グラフィックデザイナー協会 (JAGDA)」という職能団体に加盟するためで、神奈川県の役員さんにお会いしてきたのです。

会って話をして、快く紹介者としてサインをいただき、どうやらめでたく入会を許可してもらえそうです。
畑違いのところからやってきた自分にとっては、こうした会で得られる情報とか、人間関係というのは、ほんとありがたいものです。しかもこの団体の場合、文芸美術国民健康保険組合への加入も認められるようになるわけですから、社会保険料を抑えるという意味でもフリーな身にはたまりません。

一番びっくりしたのは、イタリアのデザイナー協会とも親交が深いんだってこと。
今まで自分が触れたことのないような世界がそこには広がっていて、これから先にどんな情景を垣間見ることができるのか、とてもとても楽しみなのです。


2004/03/31 『懐かしさにふける』

ちょっと他のところでワールドカップの「韓国−ポルトガル戦」の話題を拝見して、懐かしさもあって、「過去のよもやま日記」から2002年の6月あたりを読み返していました。

いや、実に懐かしい。
にわかのクセして結構はまってたんだねと、当時を懐かしく思いました。

そうして読んでいると、そのまま娘が生まれた頃のあたりへと差し掛かり、そこからしばらくは育児日記へと変化しています。うっわー、懐かしいなぁと思いましてね。読むのがやめられなくなりました。

結構細かく書いてたんだなぁこの頃は…、なんて思ったりして、始終頬もゆるみっぱなし。

泣くことすら自由にはできないんだとか。
目が合うと反応してくれるようになったとか。
「あだ」とか言われて離れられなくなっちゃうとか。
夜中にミルク作ってた思い出とか。

今じゃ器用に話す娘の印象が強いもので、すっかり忘れつつあったあれやこれやが、結構日記を掘り返すとよみがえってくるものです。
あー、そう考えると写真まじりの育児日記を、どっか別にこさえておいても良かったなぁと若干悔やまれたりもいたします。

こういう気持ちが「じゃあそろそろ二人目を」なんて原動力になるんでしょうね。
まぁそれはとりあえず置いといて。

しかし2002〜2003年の自分というのは、色々アタフタしてておもしろかったなぁと思うのでした。