2002/07/11 『あれやこれや』

ワールドカップの決勝に吼え、リヴァウドのスルーにおののき、カーンの黄昏姿に惚れ、とうとうワールドカップも終了。
と、まぁそんなことも過去の話になりつつある昨今。

ズバッと短めの髪にしてみたら 「ベッカムにした?」 なんて会う人みんなに言われてしまうことぐらいにしか、最早その余韻を垣間見ることもできなくなりました。

ところがそんな今日この頃の方が、個人的にはトピック目白押しだったりするのです。

待ち状態になっていたプログラム開発の案件が、いよいよスタートしたこともそのひとつ。
6ヶ月ぶりに立ち上げるVisualStudioの画面は実に懐かしく、かつて自分が書いたアプリケーションのコードをいじくってると、ふつふつと忘れかけてたものがよみがえってきます。
あらためて思うことは 「ああ、俺ってこの仕事がイヤだったわけじゃなくて、ホントに通勤がイヤってだけのものぐさクンだったんだなぁ」ってこと。
自宅で書いてると楽しいんですよね。もう夜中までぶっとおしでガシガシ書いてても平気なくらい。

期間的な制限から、1日に働く量を通常の1.5倍換算でやらないといけないスケジュールなのですが、ぜんぜん苦もなく仕事が進んでしまうのは驚きだとしか言えません。しかも、これでお金は当然通常の1ヶ月分×1.5倍稼げるんだから、おいしいことこの上なし。
当面これにかかりっきりになっちゃってたので、このサイトの更新はもちろんのこと、他の仕事もちょっと後回しにしてしまってるのが難と言えば難ですが…。

さて、トピック目白押しなんて言ってんだから、当然これだけってことはないわけで。
んじゃあそれは何なのさって言うと、それはまたの機会にというか、今はまだ書きたくないなと思うわけで。

ひとつ言うなら、今この日記なんかをつらつら書いて気分転換してるのは、そのせいだったりするわけですけどもね。


2002/07/15 『パパになったのだ』

先週末の07/12。とうとう「パパ」というものになりました。
そう、赤ちゃんが生まれたのです。

破水はしたものの一向に陣痛がはじまらず、ヤバい空気がただよったりもしましたが、最後は無事生まれてくれて、もちろん母親も元気で一安心。
「結果良ければすべて良し」とはこのことだなぁと思いながら、途中で緊迫した空気が漂ってたことなど全部忘れてめでたいめでたいと酒を飲んでました。

結局もろもろの事情から立ち会い出産はしなかったものの、生まれた瞬間には病院にいて、もちろん抱っこもさせてもらいました。
「おっことしたら怖い」とそればっかりで体は硬直しっぱなしだったものの、赤ちゃんって熱いんすよね、じわぁっと手を伝わってくるあったかさがなんだか印象深くて、その感触が1日中腕に残ってたのが妙に嬉しかったです。

そうそう、結局女の子で、ジンクス解消はならず。

とはいえもともと欲しかったのは女の子だったし、女の子に関しては名前もすでに決まっていたしで手間もなし。
何より元気に出てきてくれたことが言うことなしです。

しかし女というのはすごいなと、今回の出産を通してつくづく感じました。
どんなに自分がつらくたって、「とにかくこの子を早く無事に出してあげてください」ってことしか考えない。「助けて」じゃなくて「助けてあげて」なんですね。

赤ちゃんを見るのも楽しみなんですが、今は「母親となった」かみさんのそういった面を見るのも楽しくて病院通いしています。

それに関連して。

仕事と病院通いの両立までで多分いっぱいいっぱいなので、このサイトはしばらく更新止まっちゃう可能性が大です。ご容赦くださいませ。


2002/07/22 『はじめて知る気持ち』

「親の気持ちは親になったものしかわからない」
よくそんなことを言いますよね。
個人的にはあんまし同意しかねる言葉だったりしたのですよ。こんだけ情報が氾濫していて、そういったことを題材とした映画や本なんかもくさるほどあって、実体験としてはなくとも、そういうストーリーに感情移入することで、ある程度の想像というものはつくだろうと。

いざ自分が親という立場になってみて、はじめて本当に自分の青臭さに気付いて愕然とするというか。結局あの言葉は本当にその通りなものなんだなということに気付くことができました。
まぁ、人それぞれではあるんだろうけど、自分にとってはそうだったということです。

親バカと言われようとなんだろうと、やっぱりかわいくてしょうがない。
ベッドに寝かせてる姿は、ほんと1日中見てても飽きやしない。

夜泣きが大変とかで、イライラしてしまうこともあるとか、そんな話も聞きますよね。正直そのあたりでイラついちゃうこともあるのかな、とか思ってたんですが、とんでもない。確かにちょこちょこ起こされて、ミルクを作りに行ったりとかは楽ではないですけども、「その子のために自分が何かしてあげれてる」という気持ちの方が勝っていて、イライラなんかまったくありゃしないです。

そもそも自分の中での想像は、前提からして間違ってました。
赤ちゃんというのは泣くことしかできない。この言葉の受け止め方が違ってたんですよ。
泣くことすら簡単にはできないんです。

じっと見ていると、「ふぇ、ふっ、ふっ、ふぇ、えぐ」って感じで最初にぐずり始めます。でもこの状態って「出そうで出ないくしゃみを一生懸命出そうとしている」みたいなもので、なかなか「ふえぇぇ〜ん」という声にはならないんですよね。
見ているこっちからすると、「やばい泣いちゃう」ではなくて、「がんばれ」って気持ちですよ。
一生懸命ぐずって、なかなか出ない声を絞り出して、ようやっと小さい体から「ふえぇぇ〜ん」という声を発することができるんです。

赤ちゃんなりに努力して、助けを呼んでるんですよね。

あのちっこい体で、懸命にできることをやって、自分たち親を呼んでるんです。
子育てだけやってるわけにも行かないので、実家に帰省中のかみさんと一緒にずっと面倒を見ているわけじゃあないですけどね。やっぱりたまに泊まっていって、そうして呼ばれた時に傍にいてやれるってのは「喜び」こそあれ、「イラつく」なんてことはさらさらないです。

人の赤ちゃんを見た時や、犬の赤ちゃんを世話していた時。
それぞれでも「かわいい」とは思いましたけども、そうした気持ちとは違う、不思議な気持ちが芽生えてきます。

この気持ちは、やっぱり「親になったもの」でないと、想像では補えない気持ちなんだと思いますね。
良い仕事ができただとか、金がたんまり手に入っただとか、いい女をゲットしたぜとか、社会的地位がすごいんですとか、そんなもん全部どーでもいいことです。
このことにくらべたら、そんなもん「今日って朝飯何食べたっけ?」ってくらいのことです。

戸籍謄本を見るだけで、なんか感動できちゃったり。
「家族」って言葉がやたらめったら愛しい言葉に感じちゃったり。

でもね。

「あんたのページに、この子の成長日記のっけてよ」 by かみさん
ごめん、それはさすがにやんないって。