|
「親の気持ちは親になったものしかわからない」
よくそんなことを言いますよね。
個人的にはあんまし同意しかねる言葉だったりしたのですよ。こんだけ情報が氾濫していて、そういったことを題材とした映画や本なんかもくさるほどあって、実体験としてはなくとも、そういうストーリーに感情移入することで、ある程度の想像というものはつくだろうと。
いざ自分が親という立場になってみて、はじめて本当に自分の青臭さに気付いて愕然とするというか。結局あの言葉は本当にその通りなものなんだなということに気付くことができました。
まぁ、人それぞれではあるんだろうけど、自分にとってはそうだったということです。
親バカと言われようとなんだろうと、やっぱりかわいくてしょうがない。
ベッドに寝かせてる姿は、ほんと1日中見てても飽きやしない。
夜泣きが大変とかで、イライラしてしまうこともあるとか、そんな話も聞きますよね。正直そのあたりでイラついちゃうこともあるのかな、とか思ってたんですが、とんでもない。確かにちょこちょこ起こされて、ミルクを作りに行ったりとかは楽ではないですけども、「その子のために自分が何かしてあげれてる」という気持ちの方が勝っていて、イライラなんかまったくありゃしないです。
そもそも自分の中での想像は、前提からして間違ってました。
赤ちゃんというのは泣くことしかできない。この言葉の受け止め方が違ってたんですよ。
泣くことすら簡単にはできないんです。
じっと見ていると、「ふぇ、ふっ、ふっ、ふぇ、えぐ」って感じで最初にぐずり始めます。でもこの状態って「出そうで出ないくしゃみを一生懸命出そうとしている」みたいなもので、なかなか「ふえぇぇ〜ん」という声にはならないんですよね。
見ているこっちからすると、「やばい泣いちゃう」ではなくて、「がんばれ」って気持ちですよ。
一生懸命ぐずって、なかなか出ない声を絞り出して、ようやっと小さい体から「ふえぇぇ〜ん」という声を発することができるんです。
赤ちゃんなりに努力して、助けを呼んでるんですよね。
あのちっこい体で、懸命にできることをやって、自分たち親を呼んでるんです。
子育てだけやってるわけにも行かないので、実家に帰省中のかみさんと一緒にずっと面倒を見ているわけじゃあないですけどね。やっぱりたまに泊まっていって、そうして呼ばれた時に傍にいてやれるってのは「喜び」こそあれ、「イラつく」なんてことはさらさらないです。
人の赤ちゃんを見た時や、犬の赤ちゃんを世話していた時。
それぞれでも「かわいい」とは思いましたけども、そうした気持ちとは違う、不思議な気持ちが芽生えてきます。
この気持ちは、やっぱり「親になったもの」でないと、想像では補えない気持ちなんだと思いますね。
良い仕事ができただとか、金がたんまり手に入っただとか、いい女をゲットしたぜとか、社会的地位がすごいんですとか、そんなもん全部どーでもいいことです。
このことにくらべたら、そんなもん「今日って朝飯何食べたっけ?」ってくらいのことです。
戸籍謄本を見るだけで、なんか感動できちゃったり。
「家族」って言葉がやたらめったら愛しい言葉に感じちゃったり。
でもね。
「あんたのページに、この子の成長日記のっけてよ」 by かみさん
ごめん、それはさすがにやんないって。
|