2001/08/01 晴れ

自分という人間は本が好きだ。
小学校の頃などはほんとに大量の本を読んでいて、担任の先生も驚いていたくらいだ。
あんまし驚いたもんだから、家庭訪問の時に「こんなに本を読む子は見たことありません。こんな子は将来大物になるか犯罪者になるかのどっちかです」などと言っちゃって、親と喧嘩になったらしい。
自分としてはそれはえらい誉め言葉じゃないかと思うのだけど、親からしてみたら「犯罪者」という単語がどうにも許せなかったのだろう。とはいえどうやら犯罪者にも大物にもなれそうな兆候はないのだけども。

本だけじゃなくて、まんがもよく読んだ。道具とか物に恋してしまうタイプなので一旦興味を持ったジャンルだと雑誌も片っ端から読んでいた。
けれども世の中からそういったもののうちどれか一つを除いてすべて消し去ると言われたら、間違いなく本を残すと思う。

でも気がついたら就職してからというもの本を読む数は年々減っていき、ここ数年で何冊読んだだろうと考えたら限りなく0に近いのである。
まんがか雑誌しか買っていないのだ。

雑誌なんかだと、欲しい物がのっていたりするもんだからずっと見ていることができる。たとえばバイク雑誌なんかだと、「このパーツつけたらどんなだろう」とか「このバイクに乗れたらどんなにいいだろう」とかいうことをぼーっと考えている。なので何回も読む。
まんがだって気楽にさっと読めるので、買った後も何回も読む。

ところが本は1回読んでしまうと内容をうすら忘れるまで2回は読まないのが自分である。なのに文庫本程度だと日曜日だったりした場合3冊くらい一気に読んでしまうのだ。平日であっても多分1冊くらいなら通勤と寝る前とでさくっと読んでしまう。
どうにもこうにもこれじゃあ金がいくらあったって足りゃしないと思ってから、特に就職して1〜2年は金もないし図書館に行く時間もあんましなかったので読まなくなってしまった。

そうして今の今まで読まないことが習慣となってきていたのである。

この間ふと柔道部物語というまんがをひさしぶりに読みたくなって、近所のBOOK OFFに立ち寄ったことがあった。
それで、なんとはなしに叩き売られていた文庫本を一冊買ってきた。

ひさびさに読んでみると、なんか読み進めるのが遅いのである。

最近どうもここ一番の集中力が弱ってるなぁと感じていたのだけど、その原因がわかったような気がする。
なんか頭の回転が落ちてるなぁと思っていたのも、きっと本を読まなくなっていたせいだろうと思う。

多分。

老化現象ではないと信じたい今日この頃。


2001/08/03 晴れ

いまのところWindowsのソフトウェア開発なんかを生業としていて、今現在もいっこ新しく製品を作っている。
製品の開発ってのはおおまかにわけると「設計」→「製造」→「試験」という段取りで進むようになっていて、プロジェクトの管理者さんはその進行が滞りなく進むよう、作業を各担当者に配分しないといけない。

あっちが遅れてると思えば注意を払い、余裕のある人員がいないかチェックして、必要ならその作業を担当者間で再分配するのである。
けども大抵そんな都合良く余裕ができてる人なんかいないから、自分の作業はなるたけ早めに進めておいて、ある程度の作業ならいざとなれば自分自身で片付けられるようスタンバっておくことになる。

ところがこれが例えば自分が教育を担当した新人なんかと一緒に仕事することになると、真っ白なうちにスパルタ漬けにして考え方を染め上げてしまうので、そうそう遅れを出すということはない。何といったって遅れなんか出そうものなら自分で自分が許せなくなるのだから遅れるわけがないのである。
それどころか、「なるたけ早めに進めておいて」くれちゃうので、「いやぁ、悪いねぇ」などと言いながら雑用仕事までじゃんじゃか投げることができてしまい、こっちとしてはとても楽ができたりもする。

ところで今回のプロジェクトは当初4人体制で進む予定だった。
実際それでスタートしたのだけど、何故か今は3人体制である。

あら?

これは何も「4人分の仕事を3人で片付けいやコラァ、うちには金がないんじゃ金がよお」とか昔いた会社で言われたようなことではなくて(あっこでは最終的に4人分の仕事を2人でやれということも結構あった)、自分がプロジェクトの管理者だったもんだから、上役さんと交渉して1人をプロジェクト外に切り離したのだ。

その1人というのは、どうもプロジェクト内のことが見えない人で、さらに自分が今まで育ててきた開発資源の中しか見ない人だった。
今回の開発では、その開発資源(ライブラリという)を改造して利用する予定になってたのでプロジェクトの中に人員として取り込んでいたのだけれど、そんな局所的な部分しか見ないのなら、自分でそれをプロジェクトとして管理した方がやりやすいでしょってことにして切り離したのである。

正確な年は知らないが、一回り近く年長な人である。
んだから、自分などの管理下でやるよりやりやすいことだろう。

とは表向き。

本当のところはスケジュールという言葉をどっかに置き忘れてきた人間だったのと、そのくせ人には文句たれる(しかも下のもんにだけ、さらには筋が通ってない)人間だったので、「自分のケツは自分で拭け」という状況にさせたかったのだ。
そんでもってついでにいうと、確実に破綻をきたすの見えてんだから管理責任なんか自分とっから切り離しておきたかったのである。だってその人をそういう人として許して育ててきたのは自分じゃないんだから、責任もそっちに戻して差し上げるのが筋というものではないか。

案の定、その人のとこはこれから先スケジュールの見直しが続くこととなった。

それでもこっちはこっちで進めておけばよし、「おーい、遅れ出してんぞぉ」という警報さえあげておけばよいのだから楽なことこの上なしである。
まぁ実際はいくばくかの火の粉をくらうことにはなるけれども、責める立場と責められる立場とでは自ずとダメージも違うというものだ。

さて、本当ならそろそろその人のとこから最終版となるブツが出てこなければいけない。
管理責任を持つ人に警報を上げてたおかげで、せいぜい3日程度しか遅れていなかったはずである。実際その管理者はそう報告を本人から受け続けている。

出るはずの日をすぎても出てこないので「出してね」といった次の日。

あら大騒ぎ。

…。

いくらサバよむにしても、2ヶ月近く遅れてるのを3日くらいの遅れって報告し続けてた神経はすごいね。

ずずずずず…。

あぁ、お茶がうまい。


2001/08/07 晴れ

オークションで購入したホワイトパワー製のリアサスが届いた。
本当ならさっそく取り付けて走ってみたいとこだけど、残念ながら書かなきゃいけない原稿がたまってしまっているため断念。しょうがないので玄関を入ったとこに箱から出して飾ってある。

悲しすぎ。

書籍1冊分の原稿とイラスト、んでもってムック本用の4コマ3本とイラスト数点が今たまってしまっていて、これにひょっとすると連載用の原稿が2ページ分加わることになるかもしれない。
さらに怖いのが、これを片付けるのにモタモタしていると、次の書籍の原稿がどどんとのっかってきてしまうということだ。
そんなことになってしまったら、「一生懸命お邪魔ぷよを消してる真っ最中にだいあきゅーとを喰らう」ようなもので、まさに「大打撃〜」である。「はらひれほろはれ〜」である。

まぁ、書籍の企画自体がぽしゃればそれはなくなるものの、それはそれで困るし、だから今抱えてるもんを早く片付けて準備しとかなきゃいけないんだけど原稿は遅々として進まない。
さすがに最近いい加減やばいと冷や汗が流れるようになってきた。
もちろん会社の仕事は仕事であるわけで、そっちもこれまた関連プロジェクトがでっけえ遅れを出してる分とばっちりがとんできている始末。

当然バイクをさわる時間はおろか、どっかにツーリングへ行くのだなんてことはできるわけがない。

アクセルワークがどうもぎくしゃくしてうまくないので、ちょっと距離をのってみっちりと練習したいのだけどそれも適いそうにない。

しょうがないので現実逃避にCB400SF VersionS用の純正プラグコード&プラグキャップが安く売りに出されてないか物色していたりする。
VersionS用は赤くてかっこよいのだ。

まぁ、首尾よく手に入れることができたところで、玄関に飾るものが1個増えるだけなんだろうけどさ。


2001/08/14 晴れ

洗車完了ヽ( ̄▽ ̄)ノ今日中に片付けないといけない4コマが3本あるのだけど、な〜んとなくこんな感じかなとか思いつつもいまいち感が漂ったまま決め手に欠けてしまっている。
これが困ったことに決め手にかけたまま頭ん中で堂々巡りをはじめてしまったもので、どうも考えがビシッとまとまりそうにないのだ。

こういう時はおもいきって気分転換を図るのが吉である。

うん、きっとそうだ。

ってなわけで、気分転換としてバイクを洗車してやることにした。
ついでに先日オークションでゲットしたホワイトパワーのリアサスペンションも取り付けてやることにする。

気分転換ってのは大事だもんね。

そう言い聞かせながら、早い話が「現実逃避」に走ったのだ。
まぁ、ほんとに逃げないだけましってことで。

ここしばらく洗車してなかったもんで水垢ですっかりすだれ状の汚れがこびりついてしまった車体をごしごし磨き、ついでに経年劣化しちゃってる塗装面を復活さしてやるべく極細のコンパウンドで細かなキズや取れない汚れの個所を軽くならしてやる。
仕上げに天然カルナバロウのツヤが決め手な固形ワックスを塗って、ふき取っておしまい。

ほんの数時間前から比べて別物の輝きにはすっかりご満悦である。
見惚れること数分、すでに頭の中には4コマまんがのことなど存在していない。

続いてはサスペンションの換装である。

左側を順調に交換し終え右のサスを交換しようとした時変な光景が目に入った。
サスペンションのスプリングがマフラーにめり込んでいるのである。

「へ?」

これはあせる。心の中で大雨の音を聞きながらマフラーのボルトをゆるめ、サスペンションから引き剥がしてみると見事に擦り傷だらけのへこみができているではないか。
リアサスの側はというとおろし金で削り落とされたかのように下から2段目のスプリングまで削れてる始末。
すげえぜカーボン、おろし金にもなるんだこいつ!…とか言ってる場合ではなく。

「へ!?」

思わずマフラーの取りつけをお願いしたバイク屋の兄ちゃんの顔が浮かぶ。

「あぁ、信じてたのに兄ちゃん」
「ちょっと確認し忘れただけなんだろうけど兄ちゃん」
「これは痛い、あまりにも痛すぎですよ兄ちゃん」

いつまでもバイク屋兄ちゃんの顔を思い出してたってしょうがないので、とにかくマフラーに穴が空いてないかを確認、んでもって新しく取り付けるホワイトパワーの奴でも干渉しちゃうかどうかを確認する。
…幸い穴が空くまでは至っておらず、しかも新しいサスペンションなら車高調整だとか圧側調整ダイアルだとかで下側に結構空きがあるからマフラーとスプリングが干渉するようなこともない。

リアサス交換完了(´ー`)y-~~ほっと胸をなでおろして新しいのに交換…しようとしたら今度は下側ボルトの止め位置まで届かないときた。
どうもスイングアームが下にずり下がっちゃってる模様で、その分止め穴がずれちゃってボルトが入ってくれないのだ。

さんざん悩んだあげく、「あ、サイドスタンドでたてれば左サスがへこむから届くじゃんか」

てことに気付いてようやっと交換終了。

なんやかやで疲れ果てたものの、新しいサスになってさらに見た目も向上したバイクを見ればそんなもん吹き飛ぶってもんである。
少し離れてバイクを眺める。

…地味になっちゃったね。

とりあえずプリロードをいじろうとしても固くて動かないし。

えっと、あの、んと、えっと…。

逆逃避として4コマの作成に戻ります。


2001/08/14 晴れ

『すっげぇ、むちゃ気持ちいい』
これが最後に出た言葉だった。

『う〜ん、そんなに何か変わってるかなぁ』
『トンってやっぱ振動はくるしねぇ』
『あれ?なんか加速が良くなってないか?』
『う〜ん?ありゃ?』
『なんでこんなに曲がりやすいの?』
『やべぇ、どんどんスピードでちゃうっすよ』
『うひょ、うひょひょ、うっひょ〜』

そんでもって冒頭の言葉がでたのである。

なんの話かというとリアサスペンションを交換したバイクの話。こいつをちこっと調整した後で近所を試乗してきたのだ。
もうすっげぇ気持ち良くて、ほんとに気持ち良くて、最高の気分でしたハイ。

ここで話は少し前に戻る…。

取り付けた直後のこと、センタースタンドを外すと「ぴょこん」と跳ねやがったのでプリロード(バネが乗車した状態でどんだけ沈むかの初期設定)を調整してやることにした。自分にこれを売ってくれた人はとても丁寧な人であったらしく、サスペンションの各設定を全部工場出荷時の設定に戻して送ってきてくれたようなのだけど、それでは平均体重より10kgほど軽い自分にはあっていないに決まっている。それでまぁ「いざ調整を」となったわけなんだけど、プリロード調整用のロックボルトがあまりに固いもんでびくともせず一旦この時は放棄してしまった。

…とはいえこれをいじらんことには次のセッティングに進めない以上そのまま放置しているわけにもいかない。
ってなわけでゴム製のトンカチと付属のフックレンチをたずさえて再度プリロード調整用ロックボルトとの格闘をはじめたのだ。

いざ覚悟を決めてはじめてみると案外簡単なもので、クレ556をロックボルトとそのネジ部の隙間にプシュっとふきかけてやった後、ボルトにかましたフックレンチをトンカチでコンコンコンと叩いてやったらさほど苦もなくゆるめることができた。

ボルトがゆるめられたなら、さて調整の開始である。
マニュアルを見る限りでは、「センタースタンドかけた状態」と「スタンドはずして乗車した状態」の両方で車体のけつと後輪の軸との距離を測定して、その差分を求めるようにとなっている。ところがマニュアルには差分が「これこれこの範囲がいいっすよ」というとこまで書いてるはずなんだけど英語がようわからんもんだからその意味もよくわからない。しかも色々変えてみたって差分の数値が変わってくれないときたもんだ。

『う〜ん』

結局 「またがった時に純正のサスペンションの時とおんなじ感触が尻に伝わってくれる程度沈めばOKっしょ」 ってことにして、ぐるっと試乗してくることになった。

そーして話は冒頭につながっていくわけだ。

はじめは路面のギャップひろった衝撃もちゃっかりくるし、そんなに違うかなぁというのが正直な感想だった。
ところが、である。
はじめに 『なんか違う』って感じたのが前方の空いた直線道路に出た時で、どうも加速がスムーズなんじゃないのちょっとお兄さんってとこだった。けつから押し出される感触がなんか別物のようなのである。

『気のせいかなぁ』

そう思いつつ走ってると、純正のサスペンションで走ってるときによく感じた「ドシャ」とか「ド…ン」って衝撃もない。ほんとにない。そうは言ってもそのうちくんでしょとか思ってても一向にこない。速度がいくら上がっても「トン」って感じの衝撃しかこないのだ。
さらには車線変更しようとバイクを傾けると「ぐいっ」と力強くしかも軽快に走りぬける車体。
カーブになればアクセル開度一定だと接地感が希薄だったはずのものが、ぐぐぐっと倒れこんでくれつつもしっかりと「路面を蹴り出してる」感触。軽く倒れこむくせに不安定感が一切ないのだ。

このあたりからはもうずっと冒頭の気分が続く。

正直な話、こんなヘタッピの運転でここまで実感できるとは思ってなかった。

結局40分ほどかけてぐるっと近所を周回してきたのだけど(自宅→国道1号→環状2号→鎌倉街道→上大岡→狭い道→平戸桜木道路→自宅)、家についた時にはフロントサスも変えたくなってしまった。
だぁってねぇ、バネが伸び縮みする速さが違いすぎるんだもん。
よくサスを変えると純正よりも「固い」とか「柔らかい」とか聞くんだけど、自分的には「速い」「遅い」ってのが一番感じたことだった。
例えば曲がる時なんかだと、新しいサスでは「トン」と衝撃を拾った後「グググッ」と荷重をかけてその感触が尻に伝わるところが、純正だと「ドシャ」もしくは「ぐにゅう…」って感じで衝撃を拾うとこまでしか片付いてないように思うのです。
ヘタッピなのは自覚してるくせに何やら知ったかぶったことをぬかそうとしてるので語尾も思わず「です」なんて口調に変わったりもしちゃいますがそう思ったんだからしょうがないのです。
で、そっからのんびりと伸びてくるもんだから接地感も失せるんだろうな、サスが縮んでる間に加速を開始しちゃえばバネが縮んだまんまだからいいんだろうけどな、と思ったりもするわけです。

さらにいえば「冬のボーナスがはやく来ないかな」とも思うのです。

ついでに言うと、もうすぐ「RC30マスター&メッシュブレーキホース&NSR用4ポットブレーキキャリパー&サポート」がうちには届いちゃったりするわけで、こんな調子でほんとに冬まで待てるかなぁと通帳見ながら少し不安な今日この頃。


2001/08/18 曇り

幼い頃、まだうちにビデオデッキなんかもなかった頃は、金曜ロードショーが映画と触れ合う唯一の機会だった。
予備知識などなく観た数々の映画のうち、「すばらしい」と思える映画は子供心にも鮮烈で、それだけに余計心の奥底に深く刻み込まれている。

『猿の惑星』

これもそんな「心の奥底に深く刻み込まれた」映画の一つ。未だ心に残っているすばらしい映画である。
人間と猿を逆転させる発想と人の持つ「知恵」の尊さ、そんでもって奢り高ぶった人間社会への痛烈な警鐘をこれでもかというくらい上手くまとめて見せてくれた珠玉の名作、SF界の金字塔といって良い映画だと思う。

はじめて観た当時なんかはまだ幼かったにもかかわらずラストのシーンで胸にぐっと去来するものがあったものだ。

実は今、ひさびさにこれを観たくてしょうがないのである。これを観ないことには眠ることだってできやしない、そこまでは思わないけどとにかく観たくてしょうがないのだ。

観たい観たい観たい、観たいったら観たいったら観たい。
それくらい観たいのである。

ところで今映画館に行くと

『PLANET OF THE APES (猿の惑星)』

…って映画がやってますね。

「スターウォーズ」だと思って観にいったら実は「スーパーウォーズ」という名のB級映画だったというほどの驚き。
てっきりRENOMAだと思ってた時計がよく見たらREMOMAでしたってくらいの衝撃。
これもある意味ではとても鮮烈に心の奥底に深く刻み込まれる映画だと言えます。
さすがは「リメイクではない、リ・イマジネーションだ」です。

「リ・イマジネーション」されてない『猿の惑星』が観たい。

きっとあなたもそう思うに1,000ルピー。


2001/08/23 晴れ

オークションで購入した「RC30マスター&メッシュブレーキホース&NSR用キャリパー&キャリパーサポート」が届いた。
要はCB400SFのフロントブレーキをブレーキレバーんとこからひっくるめて総とっかえしちゃいましょってセットになるのだけど、8,000円強で買うことができたのでとてもお買い得だった品だ。これが新品だと8,000円なんかじゃあブレーキホースすら買えやしない。

ところがこのNSR用キャリパーを見てみると、汚れがびっちりピストンにこびりついていて、そのままじゃ当然使えそうもない。
そんなわけで中性洗剤使ってじゃばじゃば洗い、スチールウールでゴシゴシ磨き、見た目だけは55歳から20歳の頃に戻ったかのようにピカピカ輝き出してるピストンをぐにゅぐにゅと揉み揉みすることが日課となってしまった。

ちなみにピストンを揉み揉みするってのは次のようなことを言う。

グリスを塗ったピストンをキャリパーの中にぐぐっと押し込み。
ブレーキレバーを軽く握ってピストンを出っ張らせ。
んでもってまたキャリパーに押し込む。

これを繰り返すことでピストンの動きが滑らかになって、ブレーキとしてちゃんと使える奴に戻るって寸法である。

もともと固着して動かなくなってたピストンなんかもあるために、ちょっとやそっと揉んだくらいじゃあスムーズにはなってくれない。
なので日課として「テレビ見ながら揉み揉み」 「かみさんと話しながら揉み揉み」 「煙草で一服がてら揉み揉み」 としているわけなのである。

おかげでこの2〜3日の間にすっかり握力が強化されました。
まさに一石二鳥。

そうそう、このピストン揉み。
googleあたりで検索かけて見ると一気に「ひわいな用語」のように思えてくるから不思議なものです。

今日からこのサイトも「ひわいなサイト」の仲間入りです。


2001/08/24 曇り

会社内で開発していると、ソフトウェアライセンスの把握だとかセキュリティの把握だとかで上は管理をしたがり、下は負担を増やさないよう何とか逆らい続けるってはよくある光景だと思う。

そんなよくある光景として、
「インストールするソフトウェアはすべて管理部門に申請をしてOKをもらってからでないとダメ」
とする悪法が制定されつつあり、下々の者がそれに逆らうという図式が今できあがりつつある。

なんで逆らうかっていうと、営業部門のように決まったソフトしか使わないとこならいいんだろうけども、開発部門になると頻繁にマシン環境を再セットアップしたり、試験用環境をじゃんじゃか作り変えたりととにかくインストール〜アンインストールを繰り返すわけで、そんな時に「これ入れていいですか?」「これも入れていいですか?」などとお伺いなんかたててられるかバカヤロウ!ということになるからだ。

これがまた、ライセンス制限のないフリーウェアなんかも該当するって話になっちゃってるので余計に反発が強いのである。

個人的には管理部門さんがいて、申請したらインストールまでやってくれるんなら別にそれでもいいんだけどね。
「テストするんでOSをWin2000にしてください」
「次はWin98にしてください」
「今度はWinMeね」
一声かけりゃあOSが切り替わるのだ。すばらしい。
それなら応援するよ、がんばってくれよ、と思う。

そんな話をしていたらふと昔を思い出した。

「開発にVisualStudio5が必要なんで買ってください」
「ダメ」
「ないと開発できないです」
「金がないからダメ」
「え、でも…」
「なんとかしろ」
お客さんに借りてくる私。

「VisualStudio5入れようにもディスクがいっぱいなんでHDD買ってください」
「ダメ」
「ないと開発環境作れないです」
「金がないからダメ」
「え、でも1万円でいいんですけど…」
「なんとかすんだよ」
お客さんにマシンを借りてくる私。

「ってな話に比べたら、幸せな喧嘩ですよね」

大笑いされました。
色んな世界がありますね。


2001/08/31 雨

2泊3日の管理者研修。初日は道に迷って遅刻。次の日も寝過ごして叩き起こされるなど、とにかく笑ってごまかすしかない不始末続きな3日間だった。
わかってはいたことだけど、やっぱ自分の遅刻ぐせには通勤時間など関係ないらしい。

そういや前にやった研修の時も、休憩時間にうっかり熟睡してしまったもんでやっぱり叩き起こされてしまったということがあった。
ここまで徹底してるならもうこれは既に個性と言っていいのではないかと。

寝る子は育つと言いますし。

…ダメですかやっぱり。