2001/04/06 晴れ

知らない間に風邪をひいてたらしく2日間会社を休む。
そもそもこの時期ってば、花粉症で死にかけてるだけに風邪との区別がつかなくてややこしいのだ。
今回はどうも風邪の症状が脳みそにきてたようで、「朝バイクで出てきたのかバスできたのかわからなくなる」とか「何度も何度も同じことを聞いてしまう」といったボケ老人気味の症状が出てきたため風邪と判断した。

しかし2日間も会社を休むと、このままフェードアウトしちゃえなどという危険な思考が脳裏をよぎるので非常にやばい。
いわゆる5月病って奴?
もうそんな年でもないけどさ。

そういえば先日、大手コンサルタント会社につとめている友人とひさびさに飲んだところ、この友人も5月病にかかっていた。
とにかくなにかこう「バカバカしい」のだそうだ。
「もう結局自分で始めない限り何やったってつまんないね」という考えに至ったらしい。
同感、同感、がんばってくれたまえ。
ところが、「おれはとっとと田舎にひっこんで、のんびりと暮らしたいんだよなぁ」などというと、「もったいない!」とか言い出すのである。

おいおい。いいじゃん同感してよ。

しまいに、「おれのいる会社の仕事こそお前にはピッタリあっている」とか言い出す始末。
そんな社員全員がエリート意識の固まりみたいな職場はイヤです。
冗談で「お前んとこって全員AMEXカード持ってそうな」とか言ったらほんとにそうだったし。「ゴールドは一部だけやけど」じゃないって。

実際まじめなところ、「神経がヒリつく」ような感じをもう随分と味わってないので、鈍りきった神経に活をいれる意味で興味自体はあるものの、やっぱそういう「ビジネスマン」的な生き方をしていく自分は完全に否定しちゃったので、今さらそんなとこにゃ行けないわねぇ。と思う。

かくして
「イヤじゃぁ」
「アホぅもったいない」
「イヤじゃぁ」
「アホぅもったいない」
「イヤじゃぁ」
「アホぅもったいない」
というわけのわからんやりとりが続くのでした。

この日はなぜかこの後自分の車でドライブすることになり、目的地のないままころがしてたら、学生時代に住んでいた街までたどり着いてしまった。
ついでなので大学にも立ち寄ってみる。
夜中なんであたりに人影なんかなくて、ただだだっぴろい道をぶぶーんと正門まで走らせる。

こんなにも広い道だったんだねぇ。
学生ん時は周りのこと何にも見えてなかったなぁと語り合っていたものの、周りの景色までもこんなに見過ごしてたとは思わなかった。

この場所にいた時はみんな同じラインに立っていたものが、6年経った今ではほんと様々な場所に立っている。
自分もふくめ、卒業時に就職したところへまだ勤めているという人間は非常に少ない。

あー、あー、あー、そろそろまた一生懸命になれる暮らしを始めなきゃねぇ。


2001/04/08 晴れ

この間、上司がとーとつに「俺はスーパープログラマだったんだよ」などと言い出した。
「すごかったんだから」「俺の作ったプログラムにはバグなんて皆無だったんだから」などとおっしゃっておられます。
「こいつアホか」と思った。

スーパープログラマなあなたが治める部署には仕様書を作らない文化が育ち。
納期は二の次な文化が育ち。
工数をはじき出せない文化が育ち。
計画性のない文化が育っている。

はっきりいってその人がスーパープログラマだったかどうかなどどーだっていいのだ。
もしこれを言った人が定年退職済みの人であったなら、別に疑いもせず「へー、そうなんですか、すごいですねぇ」と相槌の一つもうったであろう。
ところがこの人は違う、現役の管理者なのだ。「だった」と過去形で言うしかない今はもうプログラムが書けない管理者なのだ。

すでにプログラムのかけないアナタが管理者としてやるべき仕事は何だ?

日頃からちょいと鬱憤がたまってたので、ついつい自慢を聞き流すことができなかった。

「ソフトウェアは使いやすくてなんぼですからね」

受託でしかもお客さんがちゃんと仕様を切るとこまで責任持ってつきあってくれるとこ相手なら「バグがない」ことが自慢にもなるだろう。
けれどもうちらの仕事はソフトウェアパッケージ製作なのである。
バグがない?
んなもん当たり前の世界で、いかに気に入ってもらえるか、いかに良い仕様を練り上げるか、そこが勝負なはずなのだ。

「いや、バグがないってのは重要なんだよ」

だーかーらー、それは当たり前って前提にたった上で話してんだよこっちは。
なんだよ、ソフトウェアの広告出す時に「バグがないソフトです」とでもキャッチコピーうっていいのか?

『画期的!バグのないソフト新発売!!』
製品紹介:バグがありません!!

…あぁ、確かに画期的だよある意味ね。

もともと母体がでっかいがために年功序列の染み付いた会社である。
反論が返ってくるとは思わなかったんだろう。その後もなにかごにょごにょと言い続けていた。
まぁ、失礼に見えたんでしょうねぇ。

けれでも今まで「開発部の問題だと思うことを聞かせてくれ」とか業務改善について問われた時も、「設計が〜」「試験は〜」と言うことすべてに
「そう!そうなんだよ、それやんないといけないんだよねぇ」
「自分も昔はやってたよ、だから知ってるんだけどね、ここにはその文化ないんだよねぇ」
などと相槌打つばかりか、「自分は知ってるがこの部署は知らない」と人ごとのように言うのである。

そもそもここで「知ってる」と言ってたものにしても、その実践例のような話を聞けた試しはない。
よって「知らないんでしょ、ほんとはさ」とすっかり見下げ果てた気分で見ている今日この頃なのだ。
礼を尽くせという方が無理である。

この会社に転職してきてからこっち、
「あんたらが教育してない分、こっちゃあ苦労してんだよバカヤロウ」
とでも言いたくてたまらないのだから勘弁してくれという気持ちなのである。

まぁ、自分で自分のことを「スーパープログラマだ」なんていう人は、年をとったらえてしてこんなもんなのか。
プログラマ35才定年説を唱えるつもりはないけれど、職業プログラマ35才定年説はあるなと思う今日この頃。


2001/04/10 曇り

昔仕事で韓国に10日間ばかし行ってたことがあって、その時そっちの会社の子達と仲良くなり色々遊びに連れてってもらっていたということがある。
もうかれこれ2年以上も昔の話。

なんでこんなことを書くのかというと、その時の一人からメールが届いたのである。

たどたどしい日本語ながらも、「結婚したこと」「結婚記念として日本へ旅行にくること」「時間がとれれば会わないか」というようなことが書いてあった。

時間は…ないです。
でも、作ります。こればっかは何としてでも作ろうと思います。

韓国では良くしてもらったので、日本にきた時は絶対お返しするかんねと言っていたものである。
けれども日本は何から何まで高くてとても行けそうにないと彼は言っていた。
韓国自体、インフレまっただなかの厳しい状況でもあったし。

その彼がくるというのである。
しかも奥さんを連れて。
そりゃあ時間は作らなきゃいけんでしょう。

当時の会社は辞めてしまったらしいが、新しく移った会社では課長になり余裕もできたようだ。
2年もたつとほんとに色々かわっているものである。

懐かしくなったのでらくがき帳の過去ログを読み返してみた。
確か当時韓国から自分が書き込んでいたものが残っているはずだ。
7ページ程さかのぼったとこにそれはあった。
殺人的な忙しさを嘆いている。

2年もたつのに忙しさが変わってないのはどういうわけだろうか。

ただ、当時は「会社の仕事が殺人的に忙しかった」のに対し、今は「会社の仕事+雑誌の原稿+書籍の原稿+資格試験の勉強が忙しい」と、自分が選んだ忙しさだという点で大きく違う。

でも、夏には退職届出そうとか思ってるのはあの頃と一緒だね。


2001/04/14 曇り

最近むしょうにゲームボーイアドバンスが欲しくなってきた。
電車の中とかでああいうのをやってる光景って決して好きではなかったので避けてたんだけど…。
よく考えたらドラクエのような時間のかかるゲームって、ああいうのでもなければやれないんだよね、学生の時みたいにひがな1日ぼーっとやってるなんてことできないから。

そう考えたら、こうムラムラと欲しくなってしまったのである。
ゲームボーイ&ゲームボーイカラーのゲームが動くってのもポイントが高い。

うーん。
見かけたら買っちゃいそうだなぁ。


2001/04/15 晴れ

1回払いでお願いします(´ー`)y-~~


2001/04/19 雨のち晴れ

ゲームボーイアドバンスを買って、その次の日にミスタードリラー2をゲットした。
最初はドラクエモンスターズ2を買う予定だったんだけども、RPGだと1回解いたら終っちゃうし、ゲームボーイカラー用のは画面が暗いと聞くし、やっぱ最初の1本はアドバンス専用のが欲しいし、サクサクっと空いた時間で楽しめるゲームを1本おさえておきたいし…、ねぇ。
などと考えたらミスタードリラー2に落ち着いたのだ。

自分で買いに行く時間が取れなかったので、かみさんに会社帰りに買ってきてくれるようお願いし、ついでにHORIの液晶を保護するシートも買ってきてもらった。

まずはこのHORIの保護シートにダメ出し決定。
画面が暗くなっちゃって使えやしない。
そもそも光を反射して発光している反射型液晶なのに、光を拡散させて反射を防ぎますなどという謳い文句がついてる時点で気付くべきだった。こんな採光効率を落とすだけのバカタレはとっととお蔵入りにしてしまえ、と5秒もたたずにはがしてしまった。
液晶の保護はなんかソフトケース探すなりして別途考えることにするとして、今はとりあえずズボンの左ポケットがソフトケース代わりである。

さて、ドリラー2である。
買ってきてもらった晩は忙しくて手をつけることさえできなかったので、次の日の通勤電車がこいつのデビュー場所となった。
ドリラー自体やったことがなかったので初心者向けステージの「インドステージ」から挑戦。
このゲーム、地球がブロックで埋め尽くされようとしてる原因を探るため、とにかく地底目指してブロックをガシガシと掘り進んでいくゲームらしい。
とりあえずルールもよくわからんままピコピコすすめていくと上からおちてきたブロックにぶにゅっと潰される。
あぁ、なるほど、崩れてくるのね。
ならばってことで安全にブロック壊しながら進んでいくと空気がきれて窒息死してしまう。
あぁ、エアーカプセルってので空気を補給しないと駄目なのね。
んじゃあってことでエアーカプセルまでの道を確保しながらブロックの崩壊を意識してサクサク掘り進んでいくが、どうにも300m付近まで掘ったあたりでゲームオーバーになってしまう。

うーん、おもしろいはおもしろいけど、ハマるってほどじゃあないかなぁ。

とか思いながらしばらくやってるとわかったことが一つ。
「ブロックは落ちてくるまで時間がかかる」
その間に駆け抜けれるってことに気付いたのだ。
てきとーに掘り進んでいって、上から崩れてきそうになっても横穴掘って逃げていけば結構さけれるらしい。
本当は瞬時の判断で安全に掘り進むルートを発見して、そこを進むパズルゲームなんだろうけど、あいにくそんなニュータイプ的な思考回路は持ち合わせていない。
なんといっても学生時代の友人との合言葉は「石橋を叩いて渡る」ではなく「石橋を走って崩れても駆け抜ける」なのである。
こいつもそうだ。
崩れても駆け抜ければいいのだ。
そうかぁ、おまえパズルじゃなくてアクションゲームだったんだな、すっかりだまされてたよ。

そっからはもう深く考えず、思いのままに掘り進んでいき、わらわらと崩れてきたならば、雨あられのように降り注ぐブロックを避けつつとにかく下だけを目指して突き進むことにした。

そんな感じでプレイしていたところ、壊すと空気の残りを減らされてしまうというペナルティつきの×印ブロックてのがあるのだけど、こいつがまた別の意味を持ってくる。
このブロックって壊すのに4回叩かなければいけないので、自分のようなプレイ方法だとこいつを壊してる間に上から落ちてきたブロックで昇天させられてしまうのである。
空気がどうこう以前に、こいつが進行方向に出てきた時点で「かわせなければ死」が待っているのだ。

その日の昼休みにはインドステージをクリア。

その頃にはすっかりドリラーの虜になっている自分がいた。
おまけに 帰宅後にやらせてみたせいでかみさんもドリラーの虜になってしまうというおまけつき。

とにかくゲームボーイアドバンスとドリラー2のおかげで通勤電車が楽しくてしかたない今日この頃。
衝動買いだったけど買って良かった。


2001/04/21 雨

かみさんがビデオを借りてきたのでミッションインポッシブル2を観た。前作がとてもおもしろかったんで楽しみにしていた映画だ。
もともと「スパイ映画だとして見ちゃだめだよ」とか周りに言われてたんで、一応続編というのは意識せずにいた…んだけど…。

なんじゃ、これ。

鳩、2丁拳銃、くどいくらいのスローモーション、何故か一騎打ち。
話の内容もむちゃくちゃ。せっかく良く出来た前設定あるのにそんなのも全部ゴミクズ同然の扱いを受けている。これでは上質の松坂牛をわざわざすり身にしてハンバークにされちゃったみたいなものだ。

自分の好きだった作品を「バカアクション」物にされてしまったってことで、ジョン・ウーという監督までが大っ嫌いになってしまった。
別のタイトルで、アジア系の人が主演だったらもう少しましだったかもしれないけど…。


2001/04/23 晴れ

先日「韓国から友人が来るので会うことになった」ということを日記に書いたんだけど、その彼と実際に会って飲んできた。

2年振りの近況を聞くとやっぱし色々変化があったようだ。
当時向こうの開発取りまとめ口であった課長さんも今は会社を辞めたらしく、しかもただ辞めるのではなくて、めぼしい人材を引き抜いて会社興しちゃったってんで元の会社ともめているらしい。
したがって、当時遊んでた人たちってのはあらかたそっちの新会社の方に移ってしまっているようだ。

なにやらどこぞで聞いたことのある話である。

ところを日本に移してみると、この2年間で「会社作った」とか、「どこそこで経営がんばってるよ」とかいう話もちらほら聞くし、ごっそり引き抜いて去っていった人がいるなんて話も耳にしている。
どうやら作った潰れた引き抜いた移籍したなんて話は国を問わずお盛んなようだ。

個人的には「同じ枠の中でやる限り、ちょっとやそっとやり方違ったっていきつく道は同じ」とか思っちゃうので、そういったものには完全に興味を失っているんだけど、組織再編成的な欲求ってのはどこの場所でも求められるようで、TVをつけたならば「総裁選が…」などとこちらも再編成しようと右往左往している。

まったくパワーゲームの世の中だねぇ。
と、思う。

とりあえず自分としては「みんながシャチョーさんになってくれれば毎日おいしいテンプラ食べさせてもらえるかなぁ」などと考えつつ今日もピコピコとドリラー2に勤しむのであった。


2001/04/24 晴れ

総裁選で小泉さんが総理大臣に確定したらしい。
景気が回復の兆しを見せた途端に「消費税5%にアップ」などと冷や水を浴びせ掛けるニュースを見て以来、ひさびさに、本当に数年振りに心穏やかにして見ることのできるニュースだった。
いや、ニュースを見ててこんなにわくわくしたのって初めてかもしれない。
すぐに何かがかわらなくとも、そういう期待感をずっと持たせてくれるだけでもいいのである。今まではそれすらもできなかったのだから。

話は変わり。
久々にヤフーオークションを覗いたらCB400SF用のブレンボがキャリパーサポートつきで売られているのを見つけた。
純正品などではない、本物のブレンボである。
金はない。
でも、見つけてしまったのだ。
すぐに買うつもりではなかったのだけど、いずれは買うつもりでいる一品だ。いやいや、なんせとにかく見つけてしまったのである。
こりゃアンタ、いくしかないでしょ。ってことで落札目指して入札を開始した。

いいさ。いつか新品で買ってやるさ。…ちくしょう。


2001/04/25 雨

ネットワーク越しにDreamweaver使ってファイルアクセスするとお亡くなりになることがあるのと、アプリケーションによってはやたら動きが重くなるものがあるって理由でやっぱしWindowsMeと決別することにした。
ゲーム全然やってないし。わざわざMeを使う理由が見つからなくなったので。

そういうことで最近はもっぱらWindows2000に回帰している。

PentiumIIIにしてほんとに良かったと思えるくらい安定した環境で、ドライバ更新しようがアプリをざんざかインストールしようが今のとこ問題もなく動いてくれている。
しかも自分が使う頻度の高いIllustratorやDreamweaverなどは明らかにWindows2000上の方がスムーズに動くのだから快適至極といった感である。

RADEONのドライバを更新したのに関連してかサスペンド、休止状態も問題なく使用できるようになってるし、パソコンのフル機能を余すとこなく使えてる気分だ。
…とはいっても実際はHP製プリンタのPhotosmartP1100くんがサスペンドなどからの復帰時に接続を見失われてしまうので、これらの機能は使ってないのだけど。
まぁ、「使えない」よりも「使おうと思えば使える」状態にある安心感というのは大事なものなのだということで。

ところで安定志向安定志向と言いながら、ファンがうるさいと思えばたいした確証もなくファンレス化をしてみたり、ケースファンに供給する電圧下げて低速回転にしたりと言動不一致なところがある自分なのだけど、またもやそういった行動に出てしまうきっかけがあった。
発端はPC Watchにのっていたこの記事である。

この記事は「RDRAMとPC133 SDRAMの速度を再検証」といったタイトルで、それぞれのメモリにおいてどれくらい速度差があり、どっちが高いパフォーマンスを持っているかということをさらりと述べた内容になっている。
はじめにこの記事のタイトルを見た時、何故か自分は「RDRAM vs DDR SDRAM」の速度比較を行ってると勘違いしてしまったのだった。
まさか今さら「RDRAM vs SDRAM」の比較なんてしてると思わなかったし。
つまり自分はこの記事を「次世代メモリの規格、早いのはどっち?」という内容だと勘違いしたまま読み始めてしまったのである。

これが後に間違いを生むこととなる。

ちなみに自分のマシンには3枚のメモリが突き刺さっており、すべて今となっては古臭いPC100/CL2 SDRAM規格のものとなっている。
「RDRAM vs DDR SDRAM」なんて記事を見ても当分アップグレードする気のない自分にはぜんぜん関係ないのだけど、まぁ一応参考に見ておくかと思ったのだ。
ところが記事は「RDRAM vs SDRAM」である。
思いっきり自分のメモリ環境にヒットしてしまう話になっていたのだ。

結論としてはOfficeアプリケーションのような一般アプリを使うケースではRDRAMよりPC133/CL2 SDRAMの方が高い性能を示すということになっている。
ここまではいい。自分には特にヒットしない話なので、「ふ〜ん、そうなんだ」と聞き流してしまえば終わりである。
問題はその後にあった。
各種ベンチマークの結果分かったこととしていくつかの事柄が述べられているんだけども、その中に「i815チップセットでFSB133MHzのプロセッサとPC100メモリを組み合わせた時の性能の低さが分かった」という項目があるのである。

それって、うちのシステムじゃん。

別に「こっちのシステムは速い」とか、「このメモリは優れている」とか言われたところで気にもとめない(多分…)けども、「お前の使ってる組み合わせは遅い」と烙印を押されてしまうとこれは穏やかではいられない。
正論は「安定志向なんだから遅くてもいいじゃないか」であろう、ええそうでしょうとも。
けどね、やっぱ「アンタの組み合わせってさぁ、チョー遅いっていうかぁ、PentiumIII 1GHzが泣いてるよねぇ、もったいないっていうかバカぁ?」などと言われると、ほんとそこまで言われたらおっちゃんも黙っちゃいられないよねこらやっぱ、っつー気になるじゃない。

なんてわけで記事を読み終えた後自分がとった行動は何はさておきシャットダウンなのであった。
んで起動、DELキー押してBIOS設定メニューを表示、CPUクロックを含む各バスクロックんとこの設定を手動設定に切り替えて…。
この時を境にうちのメモリはPC133/CL2 SDRAMとして新たなる生を受けたのでありました。

しょうがないねぇと思いながら3DMark2001をループさせて問題が出ないことを確認中。
なんというか…、性だねぇ。


2001/04/26 晴れ

1日動かしたら気が済んだのでメモリのオーバークロック動作を取りやめ。
体感かわんないし(^-^;